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アトリエ（箱）の中で、「彼方」を夢想するように続けている平面（画布）作品制作は、はじまりから平面構造に逆らう仕組みを与えるものであったから、指先の「外」へ向かう気性が顕著になって破裂することがある。そんな時は、四角い画面から床へ飛び散る材料を恨めしく眺めるしかなかった。 　身体が悶え、風のよく通る空間で、同じ事を何か別へと変換させないと進まない。そんな思いが祈りのように深刻になってくると、カメラを下げて歩くのだがそれだけでは何か物足りずに、私はひとまずの期間と場を決めて、ポイと筆を放り上げて立体（空間）を制作する。だから、私の立体作品は、彫刻家のソレではなく、彫刻といったニュアンスからズレたものとなるのだろう。平面（画布というシステム）と立体（場所、空間）の隙間で、コトやモノを眺める立場、態度をとる以上、そういった歪みから生まれる流れを彷徨うことは、ぶらぶらと空を仰ぎながらの散歩と一緒で、私にとっては制作の現実感の回復となる。それにこの不安定な視線は、平面と立体を引き締め、それぞれの反復（融合ではない）へ繋がる。 　立体（箱）、三つの対象、放置、を仕草の拠り所として、それなりの抽象を過ごした挙げ句、特殊へ閉じないための凡庸、ありふれた形が顕われたのだった。月並みであるが故の、括弧や神秘で括る詩情を嫌うと、制作は思考の倫理を問うような矛盾を抱える。だから作品のタイトルが安易に詩的であるものは、こちらの力の不足であって、他意はない。私自身、厳密な命名の必要を感じていないし、できない。 　空間を扱うなら立方だという短絡は、制作の実践において科学に似た合理性とパラドクスを持ち面白い。例えば、箱がパカンと開かれてあるというアートは、超越論的にそれ自体をどうこうというのではなくて、パカンという状態が現実としての場所と空間に成るように、仕草が試されるのだ。ありふれて散乱する空間の形は、本来の姿が霞んでいる。見える空間とはいえない。空間を辿る指先という仕草を与えることで、人間的な見える空間が現れる。この作業は常識的な確認作業の繰り返しとなった。見えていない散乱の、無意識を犯すリアリティーと、人間的空間という恣意の境界に、腕を差し込み、差異という線上を歩まねばつまらなかった。素材や扱いから勝手に延びる関係の効果を吟味し、時にはぶったぎって、きりつめた「置く」仕草を試し、放置を変容させ、辺りを端的な見える空間にしようということだ。 　立体作品制作は、トータルな意味でのイメージ空間などといった大袈裟を目的としていない。其処にある場所を扱うのだから、素材や仕草も場所の種類によって都合は生まれる。作品空間は各作品を束ねて統合したり、均一に連続するものとは言いがたい。場所に応じた表情がみえるべきだ。 　箱を特殊化せずに場所に開く。この困難が制作の醍醐味であり、アートに触れる瞬間でもある。そして、単純なエゴの露呈を抑制する働きもあった。これらの作品を別の場所に置く場合は、再び検討と改良も加えられるだろう。 　直感が先行しがちだったが、できることをしようと思った。素材を白くしたのは様々な理由はあるけれども、盛夏に雪の積もった季節を想うのも、こちらの性分を含んでいて一興だと、受け止めることもできた。

July 1992　JHI教育センター屋上及びペントハウスでの個展に寄せて