February 01, 2007
哀れな環境
リビングにあるTVブラウン管(リッチで大きな大型液晶モニターでもいいが)で、垂れ流しの番組やDVDを眺めるしかない現代の人間はいいしれぬ哀しさを、娯楽享受と同時に纏っている。映画館の巨大スクリーンが、集客を目的とした巨額投資された大作を期限決めで映し出し、そこへ出かけ次々と眺めていることも同じ。ただ受け止めるしかないわけだ。
記憶との付き合い方をシステムとして環境化させること。
兎角、必要とされる映像は商品の購買を促進する目的のコマーシャルであり、公の場では、これ以外は皆無といっていい。
然し、パブリックな空間での、個別な記憶映像の普遍化は、何をもたらすだろうか?
システムへの個別参加(ソース提供)が可能であれば、詳細の調整を横に置いても、かなり多様な空間が出来上がる。
そういった意味での自立した記憶映像の空間の実現は、映像自体を捉え直すことにもなるだろう。
そのくらい創らせてよ。
VE_Piblicのメモとして。
posted by machidatetsuya : 10:19 AM | comments (0)
October 22, 1996
Video
beyond1993autumn-1994spring 109min
beyond1994autumn-1995spring 90min
平面制作の合間にカメラをぶらさげて歩くことが、こちらの精神(?)を安定させることになり、興味も人並みに進んで中型を重い三脚に乗せ汗を流しては、モノクロームとリバーサルを撮り続けていた。1993年頃から写真自体がまともになってきたと自惚れることにして、スライドをVTRに変換して、撮影の経過を試したのがきっかけとなって、VTRパッケージの作品を制作することにした。画質の劣化を我慢しても、見合う新しい想像力が加えられた。
目玉で眺めるということを積極的に考えるには、カメラというすでに日常のアイテムとして定着した仕方で、フィルムという鮮明高画質なビジョンを残すことが、平面を制作し続けるぼくにとって、都合がよいこととなっていった。ある時には平面を遠ざけ、ある時には写真自体を嫌いながら、ふたつの行為を行き来することで自然な仕草として落ち着きつつある。写真作品といってはみても、好んで選択する被写体があるわけではない。テーマやコンセプトを突き詰めるところまでいかない。つもりがない。日々の現実そのままでありたいと願った光景への参加であり、気分でもあり、こうして辛うじて世界を眺めて繋がっているという、自己の投影である。
posted by machidatetsuya : 12:19 AM | comments (0)
November 01, 1995
plane 90-95
ぼくは、画布を絵画の為の支持体と考えていない。つまりぼくの作品は絵画ではないといってしまいたい。想像力を形にするための、シンプルな仕組みであり、粒子を平面に並べて置くという気の遠くなる反復を可能としてくれる、白く広がったわけのわからないフィールドのようなものと認識し、また定義することで、絵画ではない出来事を行い定着することができる。
炭化硅素、工業用研摩材であるのだが、これをふとしたきっかけで使いはじめて6年ほど経つ。そしてこの使用自体が、平面の作品となっていった。新しい名前や、言葉、観念に出会ってから、それらが肉体のように熟して慣れるには時間がかかるもので、ようやくこういった画布と粒子の扱いが、そのようになり、今回の発表という形をとる気持ちになった。だから、展示空間がトータルな意味でのイメージやコンセプトをアプローチするには不十分で、そういった方向では煮詰めていない。制作のメソッドを明らかにして、これまでを振り返り、これからの展開を予感したいということだ。酒蔵という時間が発酵して充ちているような空間にこちらのささやかな指先を並べることになる。「鉛と赤ん坊」のような斥力が働くことを祈りつつ。
posted by machidatetsuya : 12:16 AM | comments (0)
October 22, 1994
ETHICAL GAZER
ありもしないことを捏造することに夢中になると、折角の時間を失ってしまう。馬鹿馬鹿しいことから手をひいて、新しくて瑞々しい現実感を実感したいからと、闇雲に外をぶらぶら歩きはじめていた。自身の在り方を探るような駆け引きが、この歩行で試されると、当初は背を曲げ、眉間を刻ませて、慎重に構えたかもしれない。やがて、どうでもよいような気持ちに乗って、カメラの重さも忘れた。撮影で取り立てて何かを大袈裟に示したいわけでもない。脇道をよたよたと入り込んで、ある時は記憶を捲り、ある時は不審な男の仕草で、路や軒先へとシャッターを押していた。時には雨の日に書斎に座り込んで、窓ばかりにレンズを向けていた。シャッターなんて、あれこれ複雑に考えて格好つけて自覚的に押すとつまらないと、意固地な気持ちが、また逆転して、逆様に手首を縛ったりした。出鱈目に遊びながら、日々の制作の記録も生まれた。娘たちのあどけなさも、そのまま残る気がしたものだ。ささやかな旅で、見慣れぬ街にいて、カメラを持つ特別の意味合いが失せているのに気付き、言い様のない切り取り方で、咳をするようにシャターをゆっくり押すような自身に、遠い呪縛感を抱くこともあった。
勿論、カメラは時々放られて、埃もかぶった。
そうやって、5ー6年の歩行の記録となったコンタクトプリントを捲りながら、選びだし、並べながら、「あの時」という、あの時ですら関係の取りようのなかった時間を、現在の気分にミックスして飲み干すような気分で、小さなユニットをこしらえはじめた。
posted by machidatetsuya : 12:12 AM | comments (0)
September 05, 1989
midnight terrestrial gravitation
夜の重力
日々、何気なく見過ごしているコトが、ある時どうしてか唐突にひどく印象的に悩ましげに迫ってくる。ポケットの小銭を何度も指先で数えて驟雨の中走り、指先で確認できるのが穴のあいたもの位だと愚痴って抱えている些細な悩みを転がし、畜生と呟いて軒下に駆け込み、雨空を仰ぐ。するとそれまでの一切が遮断され、取り留めもない雨粒の軌跡が垂直に身体に突き抜けて、浮遊感さえ覚え、その雨自体に取り込まれることもあった。静まり返った深夜、「私」と「我々」という気分を独り手のひらに乗せて想念を遊ばせていると、夜の力が、その手の平に、これまでにココロを打ち砕かれ取り込まれたさまざまな光景を呼び込んで、しんしんと積もっていくのだ。部分と全体の彼岸という幻想を作品化する構想は、今だ混乱している。が、その混乱をそのまま維持することが、とるべき態度と決めて、断片を集積する形態となった。夜の重力とはだから、そうした呪縛を受け入れるということだ。平面に現れる象徴的な形態は、繰り返し使われながら淘汰するだろう。立体もひどく簡単な構造になってきた。さて、徐々に、頭の上から陽光の降り注ぐ正午でも、夜の力を手のひらに集めるような時間と空間を実現しなくてはつまらない。「外」を含みながら在ろうとする「個」として、また「個」が拡散、分裂して、「外」へと漂う試行は、こうした運動によって鍛えられると信じるしかない。
posted by machidatetsuya : 12:09 AM | comments (0)