October 31, 2008
pragmatism
観念的な理念は、どれをとっても明快であればあるほど、どうも強要の滲みがあるので、事象に即して具体的、即物的に考える立場、プラグマティックな態度に現実を踏破する力があったし、自身もそのように考えることが多かった。プランBという代案があるプランは、時代によっては、プラグマティックだったが、現代はどちらかというと、プランという理念形態自体が疑わしい。
批判、批評の根幹には、環境結果の有効性の俯瞰分析があるが、現実断片のフラクタルな内向性には、時にその視線を蒸発させる力が秘められる場合がありだから面白いのだが、人は気づかぬうちに、倫理の彼岸を超えてしまって、振り返るようにする仕草が、唐突な吃音に守られて、饒舌の背景として、巷に溢れ出ている。
疲弊した眼精疲労が目元をあやしくさせ、文字が翳むような時を迎えるようになって、壊れつつある身体のプラグマティズムと、壊れるようになったからこそ掴んだ手元の感触と、どちらを選ぼうかと迷うことも失せたようだ。
滑稽な逆さまを、愛でようかなと。
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August 20, 2008
理解
わかるには、判る、解るなどあり、わかるとは理解とされるが、私は理解とは何かいまだにわらない。これも矛盾した意識だ。
職業柄、こちらの差し出したモノが「よくわからない」と困惑の表情で詰め寄られることが少なくないので、そんなことが度重なると、とてもよくわかる構造を改めてもてなすか、そうした問いを無視するかの二択しか選択枝がないので、私の場合、説明を控えるほうに回ってしまう。相手は「わかる必要などないのだ」と含み入れる場合はよいが、「どうしてわかりやすいものにしないのか」へ針が振れると、再提出を促されることになる。
共有・共感が前提となる例えば「愛の唄」のようなものに、こちらが関心があったとして、もてなしの構造で「愛の唄」を創り上げるというコト自体への興味が私にはないので、おそらく私のつくる「愛の唄」は、普遍性のある愛の唄でないもの(「愛」とは何か?)になってしまうだろう。
わかりやすいということと、明快であることは、似ているが全く違う現れであり、目の前に、異星人を目撃するようなものだ。どうしようもない異形をはっきりと見つめながら、全く理解できない。
だが、人も個体であるので、この明快さのトリックを本来的に持っており、言語の理解し合えるという幻想に酔うように生きているといえる。
恋は理解できないモノへの憧れでもあるかもしれない。理解したと錯覚した途端、恋の熱も冷めるのだろう。
日々日常の目の前の出来事を撮影記録し、記録した景色を再度確かめるということを続けていると、世界は、こちらの理解できないモノと解釈したほうがよろしいと思うようになった。思うようになったのか、そんな予感があって始めたコトなのかは、もはやどうでもよろしい。こちらの意識で勝手に組み立てた概念の伽藍に組み入れられる事柄であれば、「わかる」ともいえるが、ほとんどの光景は、個体の数十年の脳細胞の稚拙な構造には、入りきらない豊穣さに満ちており、ほぉと溜息をついて途方に暮れるしかない世界が明快に目の前に顕われている。
言葉を失うしかないのだが、この現象はヒトという個体にとって普遍性があると最近、そうした歩み寄りの観念の構築を愚鈍に行うしかない立場をあらためて思い知った。
私にとって成熟とは、決して今風の「もてなす」ことの成就ではない。「持て成す」ということは、例えば茶道の場合、様式にのっとって客人に茶をふるまう行為を示す。元来、茶を入れる所作に、生きていく目的や考え方、宗教、茶道具や茶室に置く美術品などが含まれ、逃げも隠れもできない狭い空間で、相手に対峙し自身の態度の提示の形態であったはずであり、緊迫した仕草であったはずだ。現代は、間違って使われている気配がある。
緊迫した対峙を示すことは、相手に対して、理解や共感を求めることと正反対の意味があり、つまり、私はこうであると示すことでしかない。
posted by machidatetsuya : 12:03 PM | comments (0)
June 12, 2008
豆とろがん
帰省した折に、母親が近所の畑で採れた頂き物のグリーンピースをどっさり塩茹でしたものを、飯も喰わず酒のつまみに一晩で腹に入れていた。東京へ戻り、低気圧のせいか食欲が芳しくなく、珈琲を流し込んで数日机に向かい続けた週の半ばに、近くの店で豆を大量に買い込んだ。既に茹でてあるそらまめのパックと、生のそらまめと、栃木産のグリーンピース4パックを買い物かごに入れ、紹興酒を2本放り込んだ。こちらの籠を覗き込んで、ー豆かぁーと呟く若いサラリーマンの声が肩越しで聞こえた。
梅雨前に、手探りで観念を仕草に解体し、行為を確認しながら、事後の経緯を再び観念で縛り上げるといった計画を実行することができた。結果、当初想い描いていた小さな蛍の光のような形は提灯の灯りほどに膨れたが、その輪郭はまだ暮夜けている。通勤の地下鉄や買い物の帰り道で浮かんだ「路眼」(ろがん)という括りが、どうやら、自分の幼少から抱えていた「当惑」に重なり、然し、この当惑への気概という、時間を超えて果てしなく延長される奇妙な精神の傾向自体が、おそらく「私」を説明することになる。傍観の感触で捉まえた。
裸眼という言葉の響きが、りがん(離眼)ーるがん(流眼)ーれがん(列眼)ー「ろがん」と、ラ行を転がって停止した。果たして、この観念は、普遍性を持ち得るかどうかわからないけれども、ふと気づくようなものとして、意識に広がるような期待はある。
昨今「あさましい」と感じる大人の仕草ばかり目について、こちらも歳だと我に返ればそれで終わるが、まだ青年の頃、そういえばこの「あさましさ」の排除を、日々骨に染み込ませていたと憶いだした。あの頃、優秀な人間の顕われに出会う度に、なんとまあ「謙虚」で、「抑制」されているかばかりを、そこに見いだすことが、こちらの目的のようでもあった。今考えればこれは単純な差異の問題であり、時代の傾向もあった。謙虚で控え目にと教条化するオチは、現在でも至る所に転がっているが機能していない。固有な「欲望の質」が、機能することを、徹底して解析し、その徒労を展開する以外に無いのではないか。だが、この徒労が「あさましい」とやりきれない。眼を剥いて注視する事自体「あさましい」行為ではある。
posted by machidatetsuya : 01:20 AM
April 11, 2008
震える静止
この季節、幾度も繰り返し夢の中や、歩行の最中の振り返って見下ろした自身の影に、静物画のように停止した静止画像がワナワナぶるぶると震える幻視が現れて、その度に視力の萎えた瞼を押さえ込むように手の甲でごしごしと擦り、人差し指の背で目玉を揉んでいた。
重ねて、遠い過去の捏造した物語が克明に映像として語られる夢の中で、会ったこともない饒舌な友人と、こちらのきちんと片付いた独り住まいで酒を酌み交わしていた。友人の差し出した好きな女の写真は、まるで老人が数十年の間、懐で大切に仕舞い込んだように古ぼけており、突然現れた客の姿の、これも見たこともない男が、私のファイルを捲って、
「君はへたくそだなあ」
と示した作品は、すべてセメントの棺であり、つくった覚えも無い筈の私は、懸命に説明をしている情けない情景が、これも時々停止した静物画のように移ろいを失った。
久しぶりに会う人が変わらずに旺盛で健やかであり、その照応としてこちらはどちらかというと萎えている自覚が増すことが、これも年齢を重ねることだと振り払うより抱き寄せるようになったと、桜の花びらの落ちる中ぼうと考えていた。
ぶるぶるとわなわなと震える静止画像は、どうも女性のようであり、それが一体誰なのか判然としない。こちらは無人の街に眼差しを向ける傾向があるので、この「判然としない女性」へ眼差しを向ける為の手法を考えることを、どこかの誰かが促しているような気もするのだった。
posted by machidatetsuya : 03:08 AM
December 22, 2007
BABEL
BABEL / Alejandro González Iñárritu(1963~)
世界をあるがままにみつめるとその光景は全て儚く哀しい。誰も悪くないのだから。
人間の営みの全てには文脈があり、そのすべての文脈にはそもそも「悪意」は存在しない。構造の抱える問題で、時としてその錯綜が軋むだけなのだということ。この構造がBABELであると考えた。1963年生まれの監督の思想には、20世紀を短絡的に席巻した善と悪の二項対立の束縛を厳しく戒める新しい世紀の倫理が横たわっている。
物語は、いかにも現代的な環境で正当性を持ち得る人間が、ささやかな綻びを抱えているに過ぎない。地域や環境の差異を呑み込んだ上で、等しく併置し、どこにでもありそうな繋がりを示すだけで、こうも警鐘を鳴らす響きを持つのは、監督の眼差しの新しさなのであり、これは固有に自立したスタンスでありながら、Gus Van Sant、Li Yiyun、David Benioffなどと重なり、以降の世代を牽引する。
次世代にこの大きな「哀しみの現実」を遺すことには、大きな意味がある。
今後変わっていくだろう物語が顕われた時、そのきっかけはBABELだったということになる。
未熟で過剰な情報都市の象徴=Tokyoに棲む聾唖の娘、人殺しと背徳の覗きが等しいモロッコの貧しい兄弟、砂漠に放り出された幼い兄妹、Iñárrituは子供たち向かって頭を下げ、わたしにはこうすることしかできないと謝罪しながら、包み隠さずに世界を見せようとしている。
ー
バベルの塔の記事は旧約聖書の「創世記」11章にあらわれる。位置的にはノアの物語のあとでアブラハムの物語の前に置かれている。そこで語られるのは以下のような物語である。
もともと人々は同じ1つの言葉を話していた。シンアルの野に集まった人々は、煉瓦とアスファルトを用いて天まで届く塔をつくってシェム(ヘブライ語、慣習で名と訳されている。名誉・名声の意味も有る)を高く上げ、全地のおもてに散るのを免れようと考えた(偽典の「ヨベル書」によれば、神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた)。神はこの塔を見て、言葉が同じことが原因であると考え、人々に違う言葉を話させるようにした。このため、彼らは混乱し、世界各地へ散っていった(『創世記』の記述には「塔が崩された」などとはまったく書かれていないことに注意)。「創世記」の著者は、バベルの塔の名前を「混乱」を意味する「バラル」と関係付けて話を締めくくっている。
原初史といわれ、史実とは考えられないアブラハム以前の創世記の物語の中で、バベルの塔の物語は世界にさまざまな言語が存在する理由を説明するための物語であると考えられている。と、同時に人々が「石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを」用いたという記述から、古代における技術革新について触れながらも、人間の技術の限界について語る意味があると考えられる。
ーwiki
日本語公式サイトレビューにてまともな感想を述べたのは、女優の鶴田真由のみ。
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June 21, 2007
特異な境界
1960年にカラーテレビが発売されたから、TVが家庭に均等に配置されたのが、1960年代後半と考えてよろしいとすると、それまでとそれ以後で、人間の精神形成の決定的な変化があったと考えられる。一方的な情報の提供を無意識的に享受する「テレビ以降」の人間は、日々共有する情報で生存域を拡張し、立場の差異(出自・系譜)を解消したとも云える。高度成長がこれに率直にリンクする。
「テレビ以前」の人間には、玉音放送で知られるラジオという情報デバイスがあったが、情報量として充分なものではなかったし、均一に拡張されたメディアではなかった。つまり、情報は奪取する意志において獲得するものであり、その立場にある者は限られており、無関心であり続けることも可能だった。社会も戦後の混沌期であり、均一ではなく、出鱈目も横行しただろうし、この「テレビ黎明期」は、世界的にみても、言語学的にみても、戦争よりも著しい変化の境界となって、それ以前とその後の社会を決定的に異なるものにしたと考えていい。
ーフランス語のTelevision(テレヴィジョン)、TVに由来し、teleは「遠く離れた」visionが「視界」の意味である。ーwiki
「テレビ以降」の高度成長期を、「テレビの出現」の驚きを持って過ごした世代と、私を含めた「テレビのある家庭」が当たり前の世代が、ほんの数年の出生範囲で居て、所謂昨今社会離脱の件でもてはやされる団塊の世代には、どちらかというと、そうした驚きの残滓があったように思われる。つまり彼らは、「テレビ以前」の差異に満ちた、闇が横にある世界を舐めた記憶のある最後の世代であり、以降の楽天的な安易な共有感覚と共に、彼らにははなにか秘密めいて孤立するしかない差異世界を覗いた感覚をも抱き続けていたと云えるのではないか。
こちらにしてみれば、団塊の世代が学生運動に走る姿自体滑稽であったし、アメリカに翻弄されるサブカルチャーそのものも、テレビ番組の中にインストールされたコンテンツとして薄っぺらに眺めていた。ただし、当時の大人社会はまだ黒々とたっぷりとした闇をたたえていた。
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October 14, 2005
quotationの解析
Luxor Beyond(2002)の放下へ、気楽にあっさり眺め戻ることは度々あったが、冬にかけてあの時のquotationを解析する時間を得ようとしているのは、planの示したことが、「みつめ」と「場所」の準備でもあったと、認識を新たにすることになったからで、これは、数日前の鳥瞰という何気ない付与が切っ掛けとなった。
抽象は案外モノにまっすぐに繋がるものだ。私の場合、挙げ句唯物に短絡した経緯がある。その短絡を狂うように生きる立場などはじまりから無かった。泥いじりのような快楽に耽る位相を探そうという自覚が遅く訪れたのは幸不幸の問題ではない。更に加えて、きっと捏造されているに違いないイメージの再現という手法にも、支える行為に埋没没頭するしかなく、結局こちらが全的に投影されてしまうので、プレイメージの計画という処で、寸止めするように、静止する必要があった。仮の土台がバーチュアルであっても、ある種の具体性を引きずった(微細な、どうでもいいような状態)目の前の光景のヨウナ状態へ手がかりを探したのは、つまりそうした探索の、コンセプチュアルな正当性(情動も抑制も含まれた)の王道を学習する為であったと、今になっては思われる。そして、その成果は、撮影のアプリオリな構築手法である態度の切断に近い抑制の仕方の確認と言っていい。
例えば撮影機器(カメラ等)の原理的な仕組みには、時空に沿って依存すればいい。光と状態の位置を探す反復を作法として磨くために、手応えを得ることを目的としたロケハンを繰り返すという間違いを予め切り捨てなければいけなかった。現場特有相応の快楽で決定する位置などは、時として曖昧に涙で霞むこともあり、それに酔うと無意味で長大な時間を背負うことになる。且つ、スナップなどで得る、瞬間的に訪れる偶然的な展きを、受け止める余裕がないので外す。手を触れずともうねるようにうまれる差異に溢れた無限の「みつめ」から、ひとつを決定する。決定が思弁的にならぬよう、訓練された「みつめ」が、決定に率直に見いだされる余裕は加えたい。
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July 09, 2005
photograph theory
[写真試論]_Visual Echoのための
カメラが、社会的な道具として成熟期にあるのかどうかわからない。同じように、日常、写真や映像の力を、我々が十全に理解し享受しているとも言いがたい。確かな事は、レンズが残す画像と、人間の眺めは本来的には無関係であるということだ。眺めると言う経験能力は、身体的な生存に関わる能動性であり、流動的で差異に溢れ強弱があり衰えもする。けれども、写真画像というオブジェは、そういった生存の危急から要請されて生まれたのではなく演繹的に唐突に人間の傍に顕われた。物理的、光学的な仕掛けで対象の光の反射を捉え、フィルムの化学変化を促し、静止状態を凍結させ現象化させた二次元のイリュージョン(幻影)は、それまでの限りなく現実を真似る偽物という暗黙の了解自体が成熟した絵画とは全く異なった「今ここ」という現実性を帯びた一枚の平面に定着したことで、ダゲレオタイプ法 当初は妖術や悪夢に喩えられた。写真は、人間の網膜で捉え刻一刻と消滅していく不完全な認知対象世界に対して、徹底した完全さで一瞬を切断し、ぶっきらぼうなありのままの記録という時間的、即物的な意味で、都度新しい顕われのひとつとして多用されている。
レオナルド・ダ・ビンチ、フェルメールが描写補助として暗箱ーカメラオブスキャラ(CAMERA OBSCURA)を使用した、現象の直接定着の不可能だった世界は、現実そのものよりも人間の描く霊性が囲われ育まれていたのではと考えることもできる。だが、これは現代的な傾向で誤解した情緒でしかないし、目の前を記憶できない経験能力と写真は相互補完的な関係で記憶を想起させ、あるいは忘却を拭い去るというのも同様な短絡で、そもそも顕われ自体を捉える事ができない故の逃避認識にすぎない。彼ら創作者らも、写真という現象を、情緒的に捉えていたとは考えにくい。人間は、現実を眺めだけでは捉えているわけではなく、写真という顕われは、人間的であるところに立脚していないからだ。
空をゆく飛行機に視線が届きながら、そこに引き寄せられる。首を回して駅構内に侵入する電車車両を見遣る。美しい女性の後ろ姿を暫く見送る。等等。併し、これは日々の眺めであるが、眺めるという姿勢ではない。だから、我々はそうした力をなんとか構想実現したいと祈って様々な手法を考案し続けるのだろう。
写真自体を考える時、カメラの側からでもなく、プリントやフィルムの側からでもなく、人間の眺めるという能動性への契機もしくは導入とすると、眺めるという能力の発現に関わる有用な出来事であることに気づく。つまり、我々は、実に日々眺めていないことに同様に気がつくのだ。眺めとは、言葉に近付き、記憶に近付き、倫理を形成し、自覚を促す能力であるのだから、その眺めは、現実的であればあるほど、意識は多様に機能しはじめ、あるいは欲望もが頭を擡げる。
オブジェクトや、絵画などの、固有な現れは、眺めの対象と言うよりも一つの人間性の顕われであり、全人格的なひとつの人間がそこに示される。それに対して写真には、固有なアプローチの差異に満ちているが、目の前を捉えるカメラによる、現実への依存であるから、顕われる画像は、世界にむかって開かれている。
ただ、カメラを持つ者の、固有な歩み寄りとシャッターをきる反復が、オリジナルティーを形成し、彼の反復が織り成す画像が、独特な眺めの質を提供することになる。そこに眼差しを真っすぐに向けることは、彼の抱える闇をも抱き込むことになる。
オペラ・悲劇・などの構築に真似て、音響を加え、こうした彼らの画像を、脈絡なく、併置してみると、画像は、新しく無関係を誇るようにして、均一な距離をとったまま、清潔に眺めの対象に落ち着くことがわかった。そしてさらに驚くべきことは、写真画像の意味性や、画像に残るエゴが、併置によって、戒められ、その時々の我々の気分や、経験に応じた、率直な眺める意識が降りてくるということだ。
だから、この併置には、テーマや、トータルな意味での包括的なビジョンは必要ない。ただ、清潔に、無関係に併置することが、われわれのできることとなる。
シュルツ(独)(1677年-1744年)Johann Heinrich Schulze
硝酸銀の感光性を発見 物質によって光線が当たると色が変わることは知られていた。シュルツは硝酸銀の感光性を発見した。 (ヨハン・ハインリッヒ・シュルツェ)
1826/ニエプス(Joseph Nicephore Niepce 仏)がヘリオグラフ(Heliograph, アスファルト写真)を発表。 現存する最古の写真はニエプス(Niepce)のアスファルト写真。1枚の撮影に6−8時間の露光が必要だった。ヘリオグラフ(太陽の描く絵)と命名。
1839/ダゲール(Jacque Louis Daguerre 仏)のダゲレオタイプ法(Daguerreotype)が公表された。沃化銀(感光材料)水銀蒸気(現像)食塩水で定着。 ダゲレオタイプは、銀板写真と言われるもの。銀メッキをした金属板の上にポジ画像を定着。露光時間は10−20分。その後改良され、露光時間は1分以下になった。銀メッキをした金属板への直接記録のため左右が逆の像となる。フランス政府はこの発明を買い上げ、公開した。このためダゲレオタイプは広く普及した。
1841年 タルボット(William Henry Fox Talbot英)がカロタイプ(Calotype, 感光紙を使ったネガ−ポジ法)を発表。撮影時の露光時間は晴天の屋外で1分程度。 初めてのネガ−ポジ法考案。紙ネガ写真を紙ポジ画像に反転。ダゲールより早く(1835年に)写真を発明したと主張したが、技法を秘密にしたため認められず。このため、更に感度を大幅にアップ等、改良してカロタイプとして発表。ダゲレオタイプは1枚しか画像が得られないがカロタイプは複数のコピーを作ることが出来た。
28,April.2004 Tetsuya Machida
It is not understood whether the camera is a social tool at maturity. Similarly, it is not easy to say that we understand enough and it enjoys the power of the photograph and the image in daily life. A certain thing is that the view of the image and man whom the lens leaves is originally irrelevant to the target. The experience ability said that it will look at is activeness related to a body living, and overflow strength fluidly is and becomes weak a difference. However, objet of photograph image revealing cracked beside of man it was requested from the emergency of such a living and it was not born but a priori abruptly. The illusion of two dimensions (vision) to capture the reflection of the light of the object by a physical, optical beginning, to urge the chemical change of the film, to freeze geostationary, and to make it make to the phenomenon, at first, was gotten by established to one plane that wore reality "Here now" quite different from the painting to which tacit consent of imitation that the reality is unlimitedly mimicked till then was mature by magic and the nightmare as for the Dagereotaip method. The photograph cuts the moment into the imperfect world that catches by man's retina and disappears momently for acknowledgment by thorough complete, and is multiused as one of the new Arawa cracks in a time, realistic meaning of record of the snappish truth.
It is drawn there as the glance reaching the airplane that goes in the sky. The train vehicle that turns the neck and invades the station premises is looked at and it gives it. The back figure of a beautiful woman is seen off for a while. However, it is not posture of looking at though this is a view every day. Therefore, we might keep designing various techniques praying such power to want to manage to do the plan achievement.
From neither from the side of the camera when thinking about the photograph, nor the side of the print and the film it, and either useful events related to the appearance of the ability to look at when assuming the opportunity or the introduction into man's activeness of looking at are noticed. In a word, we similarly notice no very view every day. Look at..word..approach..memory..approach..ethics..form..consciousness..urge..ability..the..look at..realistic..consideration..various..function..desire.
Peculiar appearance of the object and the painting, etc. is revealing cracks of calling an object of the view of one human nature, and one total personality man is shown there. On the other hand, because it is dependence on the reality with the camera that catches the presence, the image that cracks revealing is opened to the photograph toward the world though the difference of a peculiar approach has been filled.
However, the repetition that cuts a peculiar compromise and the shutter of the person who has the camera forms original tea, and the image that his repetition weaves will offer the quality of a peculiar view. Kicking eye difference ..straightening.. Mu there will win to over the dark that he holds his side.
When it mimics, the sound is added to the construction such as the operas and the tragedies, and their such images are juxtaposed without the connection, it has been understood that it settles down cleanly with a uniform distance taken in the object of the view the image because the irrelevance is made to be boasted newly. And, the egoism that remains in the meaning and the image of the photograph image is warned by the juxtaposition, and the frank consideration according to feelings and the experience of us each occasion looked at gets off further surprising.
An inclusive vision in the theme and ..total.. significant is unnecessary this juxtaposition therefore. However, cleanly juxtaposing it without any relation to becomes possible our doing.
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July 29, 1993
素描
指先に簡単な道具を与えて、極めて原始的な行為である素描を行うと、時間を忘れ、描かれて現われる線やトーンの集積にひきつけられる。その素描がおこなわれている画面には、数十年も前の拙い自身の記憶が現われることもあり、未知の形象が突然姿を顕わすこともある。素描はそういったことを目的に行っているわけではなかった。肉体の本来的な機能である快楽に根拠がある。真っ白な画面に指先は線を与え、知覚はその線を一瞬遅延認識して、目玉の動きと観念的な束縛を解かれた意識がひたすらな時間を楽しむ。だから他の素描作品を眺める時、何がどのように描かれているかといったことよりも、私は、その素描と共にあったはずの人間の、大らかな海のような運動、精神の自由に溜め息をつく。
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July 07, 1993
絵画
今世紀の人間の意識の流れを端的に眺めるには、書物を捲るより絵画をみるほうが早い。さまざまな状況下において作家は絵画という視覚表現を行って、その絵画自体が彼の置かれた立場や文脈、系譜、社会的環境や当時の流行した思想などを画面に顕わすからだ。絵画はそういう時代や歴史的な記録の目的で制作されるわけではないが、言葉や音などによる表現と併置される、独立した固有の、世界との関わりに仕方であり、人間の知的な営為のひとつだ。絵画作品が作家の存命を超えて可能な限り存在し我々はそれを美術館などで観ることができる。だがこうした作品は博物的な意味合いと骨董的な慎重さで眺められる。制作のメソッドをその画面から検証することもある。目の眩むような価値を与えられ、資産を温存するために売買される。いずれにしてもいかにも人間が考えそうな狡猾な作品利用で、それはそれで面白い。作家も作品で生活を全うしなければいけない切迫した事情に諦めて、つまらない景色を繰り返し描くこともある。売れなくてもよいのだと前衛を気取って大袈裟なガラクタばかり繰り返す場合もある。だがどうであれ、絵画は制作され、それはまた深々とした時間の懐で眺められる。例えば虚空を仰ぐように白い気分で何気なく書斎にある愛嘔の版画を眺める。その隣にあるエッシャーの小さい版画を眺める。すると心持ちが静まって安定する。そうした日々の精神が絵画の恩恵であり、また自身を制作へと促す切っ掛けともなる。
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June 09, 1993
時間
時計の針の動きがそのまま時間そのものであると実感する緊張はあるだろう。だが実際は時間そのものでないと思っている。時間を指し示す一つの基準にすぎない。時計や時刻は時間の一面を拝借した便利な当て擦りなのだ。我々は時間の塊ともいえるモノや現象を経験することがある。それは石ころであり、地層の模様であり、波打ち際で震える海であり、またあるいは、想いを伝えられない苛立ちのココロがそっくり狼狽えるような時間と感じる。時間は進行して停止することはないとされるけれども、鉱物の構造には堆積と変性の折り重なった結果が停止している。時間はイメージともなるわけだ。人間の身体感覚をはるかに越えた巨大な地球の自転や、月の影響などで震える海の動きが、海岸の波の形に現われ、そういった時間の流れに身を委ねる。時間恋愛小説などの印象的な光景は反復に耐える時間が構築されている。幾度も高鳴る胸で嗚咽する。ふとした切っ掛けが過去を呼び起こし、あの時を憶い出し現在とこれからを想起する。時間はクオーツで正確に刻まれるようなものとしてより、我々にとっては事物そのものといった印象としての意味合いが強い。高等学校に進学するとお祝いに腕時計を贈られる慣習があった。あの時も時間を道具として使わねばならないという大人への成長を加担するアイテムを手にしたというより、結晶のようなガラスカットのデザインが重たかったという腕時計が直接身体に与えた感覚のほうが勝って、時刻通りに執り行うなどという利便性などに感心した覚えはない。
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June 06, 1993
他人
この国では、特に地方都市下では、他人という言葉は、家族以外、仲間以外という示され方をして、つまり、家族や仲間を意味付けるように使われる場合がほとんどだ。他人というモノ自体を考えるような言葉の響きはそこにない。けれど現在ボーダレスといった様々な国籍、言語を持つ人間が都市に集まり、環境もそれに適応変化して、他人ということが、他者という前提をあからさまにして、つまり家族や仲間という帰結を拒むように対峙する事態が増えている。まったく異なった蓄積を持つ相手に、こちらの何をどのように正確に伝えられるかが、あらゆる局面で必要となるわけだ。この時共通のシステムを共有できる者等で小さな集団を形成したマイノリティーとして態度を温存決定するのは割合上手くいくが、今迄になかった善悪白黒右左入り交じった流動的なネットワークを批判的に単独の視点でみつめることは、中々むつかしい。いずれにしろ人間なのだから変わりはないのだという楽観に支えられる大雑把な態度もむしろ逆行して、差別的な立場を形成する可能性もある。立場と態度という自覚を、相対的な印象で緩慢に培われたこれまでと違って、自己と他を明晰に認識した上で行われる必要がある。だが、他人という未知にココロを動かし、奪われ、混乱する対象であるからこそ、そこに絶えず好奇心を抱くことができる。そしてそうした錯乱によって確かに少しずつ新たな蓄積を身の内に実感できるのだから面白い
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June 03, 1993
言葉
言葉を意識的に道具のように使う。時と場合に応じて言葉を選び、使い分けている人間は僅かで、言葉を撥音するとき、日常の慣習の、あるいは身体の癖のような流れの一部として、反射的に行うのがほとんどで、読書など言葉を読み取る場合も、普段馴染みのない語呂や文体に接すると疲労するものだ。
撥音するいわゆる口語と、文語という区別を定かに暮らさねばならないわけでもないから、出鱈目に入りまぜて使うというより、そうなってしまっている。だから事柄を構築したり認識したりする言語というレヴェルで言葉と付き合うには、それなりの覚悟と付き合い方を知らねばならない。日本語は、孤立して異なった世界とのコミニュケーションが成立しない言語であるから、割合変換普及している英語などに翻訳可能かどうかを、その構築の基本に置いて考えないと、誤解を生むことになる。つまり、変換前の意志の構築が正常に行われているかを確認する必要があるのだが、輸入言語や擬音などの変換不能の言葉の呪縛に囚われ、結局対外的な言葉を失う局面に絶えず直面しているともいえる。なんとも困った言葉ではあるが、その縦書きの崩れたような極端に特殊な日本語が、なんとも不思議なことに、奇跡のように輝いて普遍を抱き寄せることがある。露伴の娘の幸田文などの作品を読むと、人間のささやかで繊細だが強靱な発音する言葉の美しさに触れることができる。メタファーに縛られ、引用や羅列に辟易する諦めを越えて、言葉を紡ぐことができる人間が羨ましい。
posted by machidatetsuya : 10:50 AM | comments (0)