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August 20, 2008
理解
わかるには、判る、解るなどあり、わかるとは理解とされるが、私は理解とは何かいまだにわらない。これも矛盾した意識だ。
職業柄、こちらの差し出したモノが「よくわからない」と困惑の表情で詰め寄られることが少なくないので、そんなことが度重なると、とてもよくわかる構造を改めてもてなすか、そうした問いを無視するかの二択しか選択枝がないので、私の場合、説明を控えるほうに回ってしまう。相手は「わかる必要などないのだ」と含み入れる場合はよいが、「どうしてわかりやすいものにしないのか」へ針が振れると、再提出を促されることになる。
共有・共感が前提となる例えば「愛の唄」のようなものに、こちらが関心があったとして、もてなしの構造で「愛の唄」を創り上げるというコト自体への興味が私にはないので、おそらく私のつくる「愛の唄」は、普遍性のある愛の唄でないもの(「愛」とは何か?)になってしまうだろう。
わかりやすいということと、明快であることは、似ているが全く違う現れであり、目の前に、異星人を目撃するようなものだ。どうしようもない異形をはっきりと見つめながら、全く理解できない。
だが、人も個体であるので、この明快さのトリックを本来的に持っており、言語の理解し合えるという幻想に酔うように生きているといえる。
恋は理解できないモノへの憧れでもあるかもしれない。理解したと錯覚した途端、恋の熱も冷めるのだろう。
日々日常の目の前の出来事を撮影記録し、記録した景色を再度確かめるということを続けていると、世界は、こちらの理解できないモノと解釈したほうがよろしいと思うようになった。思うようになったのか、そんな予感があって始めたコトなのかは、もはやどうでもよろしい。こちらの意識で勝手に組み立てた概念の伽藍に組み入れられる事柄であれば、「わかる」ともいえるが、ほとんどの光景は、個体の数十年の脳細胞の稚拙な構造には、入りきらない豊穣さに満ちており、ほぉと溜息をついて途方に暮れるしかない世界が明快に目の前に顕われている。
言葉を失うしかないのだが、この現象はヒトという個体にとって普遍性があると最近、そうした歩み寄りの観念の構築を愚鈍に行うしかない立場をあらためて思い知った。
私にとって成熟とは、決して今風の「もてなす」ことの成就ではない。「持て成す」ということは、例えば茶道の場合、様式にのっとって客人に茶をふるまう行為を示す。元来、茶を入れる所作に、生きていく目的や考え方、宗教、茶道具や茶室に置く美術品などが含まれ、逃げも隠れもできない狭い空間で、相手に対峙し自身の態度の提示の形態であったはずであり、緊迫した仕草であったはずだ。現代は、間違って使われている気配がある。
緊迫した対峙を示すことは、相手に対して、理解や共感を求めることと正反対の意味があり、つまり、私はこうであると示すことでしかない。
posted by machidatetsuya : 12:03 PM | comments (0)
August 15, 2008
此処と其処
1984年に、「こことそこ」というものを書いた。
個体の感覚器官の届く範囲と、その外部と境界に関する漠然とした幻影を、理論的に纏めることが出来ず、中途から幻想小説風に誤摩化したエッセイだが、指導教授から、筆勢が良いと見当違いのような評価を頂き、口を開けたまま、その時は首を傾げ言葉を失っていた。
選んだ原稿用紙に、選んだ万年筆で清書した20枚程度のものだったが、今となって考えると、なかなか本質的な指摘だったと頷く事ができる。
エッセイにおける筆勢という表象は、つまりここでもそこでもない現れで、言説の示す事の、見失いがちな可能性のひとつであり、送り手自体予期しない、個体表情が明晰に顕われる、「迂闊」な姿勢、態度となる。
同じ頃、Saitoという友人が、冷笑的に皮肉が絶えず挟まれただろうこちらのさまざまな言葉を日々受け取ってくれていたが、ある日、お前は首を突き出して筆を持って絵を描いている時が、一番良い表情をしていると指摘した。この時も、何を言っているのか考えず、お前は黙っていろということか、少々五月蝿いのかなと、自身の未熟な観念の放出を押さえようとはしたが、これも、筆勢の指摘と似ている。
つまり、往々にして本質的な自身に気づく(目撃する)のは他者であり、その眺めは、本人の気づかない背中の色のような種類であり、おそらく内省的な過酷な時間を長く過ごしても、見えないモノは最後まで見えない。
今となって其処に見えるのは、他者性としての自己であるかもしれない。つまり自明であった筈の此処(私はこうである)を諦め、放棄し、可能性としての其処へ辛うじて繋ぎ止められることだけで充分とすると、此処を限定させる枷がなくなり、自由にはなるのだが、実体のない霊のような心細さが膨れる。これからはこの侘しさとの闘いなのかもしれない。
そう考えを繋げると、やはりこちらを迂闊に曝け出す筆よりも、カメラが最適なのだとわかる。
posted by machidatetsuya : 02:28 PM | comments (0)
August 07, 2008
奥の細道
を子規が辿ったように、こちらもとぼんやり考えたのは、北九州小倉ののビジネスホテルの中だった。まさか、芭蕉の足取りをそのまま追うつもりはなかったが、移動に伴う出会いによって自らを率直に反応させるというのは、諸処の人の事情を鑑みるとなかなか潔いと思えた。
旅の観光という目もあり、見知らぬ土地を歩く事を経験に照らし合わせ符号を探すなどして、新たな記憶の組み合わせに落とす目もあり、ただ新鮮さを受け止める目もあるが、道を行く、時空を訪ねるという歩行を、当惑という他者の目撃の手法に簡潔させ、カメラが移動する為だけに身体を機能させる。よたよたとはじめていた。
同時に、時空に対する当惑を、場所における百年の文脈の認識を併せ持つようにすることで、この眺めの移動に、余計なモノを呼び込まない結界となるのではと、見える場所の見えない過去を当惑の理由にすり替え、逆説的に対峙のスタンスの情緒的、気象学的気分の変化の抑制へ作用させる鍛錬を反復に含ませることにした。
くよくよと振り返りつつ行う反復は、それ自体が景色を求めるというより、計画の余白に顕われる自身の立ち位置を研磨するように磨きだす修練じみた。骨に染み付いた嫌らしい仕草を切り捨てるには、修練で知った水平と垂直のみへの信仰に似た依存で済むかもしれないと思い始めたが、この時、丸いレンズと四角い受像イメージとの機能的な理論のズレが、この十字の戒めに逆らったものであるため、ふたたび頭を抱えるのだった。
posted by machidatetsuya : 07:08 PM | comments (0)