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June 09, 1993

時間

時計の針の動きがそのまま時間そのものであると実感する緊張はあるだろう。だが実際は時間そのものでないと思っている。時間を指し示す一つの基準にすぎない。時計や時刻は時間の一面を拝借した便利な当て擦りなのだ。我々は時間の塊ともいえるモノや現象を経験することがある。それは石ころであり、地層の模様であり、波打ち際で震える海であり、またあるいは、想いを伝えられない苛立ちのココロがそっくり狼狽えるような時間と感じる。時間は進行して停止することはないとされるけれども、鉱物の構造には堆積と変性の折り重なった結果が停止している。時間はイメージともなるわけだ。人間の身体感覚をはるかに越えた巨大な地球の自転や、月の影響などで震える海の動きが、海岸の波の形に現われ、そういった時間の流れに身を委ねる。時間恋愛小説などの印象的な光景は反復に耐える時間が構築されている。幾度も高鳴る胸で嗚咽する。ふとした切っ掛けが過去を呼び起こし、あの時を憶い出し現在とこれからを想起する。時間はクオーツで正確に刻まれるようなものとしてより、我々にとっては事物そのものといった印象としての意味合いが強い。高等学校に進学するとお祝いに腕時計を贈られる慣習があった。あの時も時間を道具として使わねばならないという大人への成長を加担するアイテムを手にしたというより、結晶のようなガラスカットのデザインが重たかったという腕時計が直接身体に与えた感覚のほうが勝って、時刻通りに執り行うなどという利便性などに感心した覚えはない。

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June 06, 1993

他人

この国では、特に地方都市下では、他人という言葉は、家族以外、仲間以外という示され方をして、つまり、家族や仲間を意味付けるように使われる場合がほとんどだ。他人というモノ自体を考えるような言葉の響きはそこにない。けれど現在ボーダレスといった様々な国籍、言語を持つ人間が都市に集まり、環境もそれに適応変化して、他人ということが、他者という前提をあからさまにして、つまり家族や仲間という帰結を拒むように対峙する事態が増えている。まったく異なった蓄積を持つ相手に、こちらの何をどのように正確に伝えられるかが、あらゆる局面で必要となるわけだ。この時共通のシステムを共有できる者等で小さな集団を形成したマイノリティーとして態度を温存決定するのは割合上手くいくが、今迄になかった善悪白黒右左入り交じった流動的なネットワークを批判的に単独の視点でみつめることは、中々むつかしい。いずれにしろ人間なのだから変わりはないのだという楽観に支えられる大雑把な態度もむしろ逆行して、差別的な立場を形成する可能性もある。立場と態度という自覚を、相対的な印象で緩慢に培われたこれまでと違って、自己と他を明晰に認識した上で行われる必要がある。だが、他人という未知にココロを動かし、奪われ、混乱する対象であるからこそ、そこに絶えず好奇心を抱くことができる。そしてそうした錯乱によって確かに少しずつ新たな蓄積を身の内に実感できるのだから面白い

posted by machidatetsuya : 10:52 AM | comments (0)

June 03, 1993

言葉

言葉を意識的に道具のように使う。時と場合に応じて言葉を選び、使い分けている人間は僅かで、言葉を撥音するとき、日常の慣習の、あるいは身体の癖のような流れの一部として、反射的に行うのがほとんどで、読書など言葉を読み取る場合も、普段馴染みのない語呂や文体に接すると疲労するものだ。
 撥音するいわゆる口語と、文語という区別を定かに暮らさねばならないわけでもないから、出鱈目に入りまぜて使うというより、そうなってしまっている。だから事柄を構築したり認識したりする言語というレヴェルで言葉と付き合うには、それなりの覚悟と付き合い方を知らねばならない。日本語は、孤立して異なった世界とのコミニュケーションが成立しない言語であるから、割合変換普及している英語などに翻訳可能かどうかを、その構築の基本に置いて考えないと、誤解を生むことになる。つまり、変換前の意志の構築が正常に行われているかを確認する必要があるのだが、輸入言語や擬音などの変換不能の言葉の呪縛に囚われ、結局対外的な言葉を失う局面に絶えず直面しているともいえる。なんとも困った言葉ではあるが、その縦書きの崩れたような極端に特殊な日本語が、なんとも不思議なことに、奇跡のように輝いて普遍を抱き寄せることがある。露伴の娘の幸田文などの作品を読むと、人間のささやかで繊細だが強靱な発音する言葉の美しさに触れることができる。メタファーに縛られ、引用や羅列に辟易する諦めを越えて、言葉を紡ぐことができる人間が羨ましい。

posted by machidatetsuya : 10:50 AM | comments (0)