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May 17, 1993

湖の底

あれこれ本を読むのは、こちらの主体の立ち上がりを確認しながら促すためだろうと思う。情報を受け取りながら、その受ける器を形成、構築しなければならない。だから、何も了解できずに、その器が壊れることもある。今頃になって、先週ヒステリックに破って捨てた画集がおしくなった。

 生活をたてる。暮らしを行う。某に寄り添って細く長く続くのだ。これが自分の生だと、切迫しながら呆然としている妙な感覚に、しかし慣れるとはおかしなものだ。殊更に生きるということが、生であるとは限らない。

 歩きながら上を眺めると、此処は様々な表情を豊かに持つ空と雲があった。視線の端にある低い建造物も、いつかなくなるような儚さがある。丘に登って見渡すと、なるほど、湖の底にあるような街だ。

posted by machidatetsuya : 10:44 AM | comments (0)

May 14, 1993

獰猛な興奮

旭山と呼んでいた。西の定規のような山頂に雲がひっかかって沈んでいく陽を上手にブラインドして、上空の青と逆光に輪郭を反射する街並が、奥行きのない平面的なコントラストをつくって物悲しい。雨はやんだ。道路や家々の隙間にある普段は埃で鈍い少しばかりの植物が新鮮な色をその平面のアクセントになっていた。空気中の塵が落ちたから振り向く東は遠くまで澄み切って、視力のいいぼくには、つらいような位全てくっきりみえる。
 午後2時まで眠りこけていた。朝、ピッチのあがった酒で、番組の始まる前の、ブラウン管の電磁嵐というのか、瞼の裏柄をみつめるように眺めて、パターンが画面に出て、健やかな番組が始める頃には泥酔していた。
 午後4時に二日酔いの身体を引きずって起き上がり、独りで蕎麦を5分茹でて、腹に流しこんだ。家族の気配が無いことに気付いたのは、気楽な独りの暮らしではなかったなと、妻と娘が買い物から帰った5時だった。
 建設中だった三井ガーデンホテルが、いつのまにか出来上がっている。7月11日オープンという垂れ幕がかかって、そういえば景色が変わった。ワシントンホテルよりかなり高い。この町の行く末を考える。ビルの裏側や、安っぽい看板やネオンに、都度乗り切るだけの、理念のない蒙昧な足どりが伺える。観光客のような無責任な眺めはいつになっても消えない。
 旭山の山頂の雲が消え30分ほど過ぎただろうか、弱く輝きだした街は、だがしたたかな艶っぽさを滲ませはじめた。

 ベルリンの図書館で自分の指先を眺めて、確かに黄色いなと思った。唇からでる自分の吐息が、まるで恋いこがれている人のもののような倒錯を含んだ。

 解体と逸脱。分裂と逃走を企てるわけもないが、そのように流れたぼくらは、厚い霧の前で思想を手のひらに乗せて、そのわけのわからないもやもやを眺めている。1950年代後半に出生した世代の、なんともやりきれない空漠感は、時にセンチメタルな充実を齎す。平穏であることの憤懣が充足に変わると、顔つきがまるで悪魔のような相を現わす。
 そんな風に斜に思う晴れた夜中などに素晴らしく猥褻で背徳的なアダルトビデオを観たくなりレンタルするのだが、萎えるのもはやくて、結局画用紙に鉛筆で線の束を引いて過ごしている。強烈な、獰猛な興奮を、手のひらに乗せる夜となる。

posted by machidatetsuya : 10:43 AM | comments (0)

May 05, 1993

ウイスキー

難聴なのかな。症状を自覚せずにちょっとした物音が物足りないと思う程になるまで、そのために購入したヘッドホーンを離さず標準のレベルを遥かに越えた音量で「聴く」ことに埋没する日々を送っている。音がぼくに何らかの新しいイメージの変容を促している実感があった。
 音像という定義があって、音のイメージを構築したり解体したりできるハードは、簡単に手にはいる。多少映像を洗ってみると、確かに音によって蘇るような表現がいくつかあった。CDを古いものをひっぱりだしてエフェクトを与え、音質や音響を新たに付け加えてその変化を楽しむのは、ぼくだけに限った特殊な行為ではなく、現代的な月並みな愉しみとなっているのだろう。ソフトをパーソナルなものへと改良できる周辺機器は充実している。ともかく、音を扱う作家たちの思想といえば大袈裟だろうか、指先の鍛練を垣間見る、覗くように耳に頼る極端な1ヶ月を過ごした。
 そもそも、風邪を甘くみて、一度治ったと勝手に決めたのが悪かった。別のウイルスにやられて、内臓と関節の痛みだけのものが、呼吸器へ移り悪化した。妻になんでこんなに過ごし易い季節に風邪をこじらせるのかわからないといわれ、閉じこもった書斎の窓を大きく開けられると、色付きはじめた植物の葉が眩しいようにかんじた。病院にいくほどのこともなかった。薬が手元にないのを我慢の根拠にして、数日を過ごして、こりゃあだめだと薬を飲んだらリンパ系だけが効き過ぎたようになって、更にばらばらになった躰を壊れた機械のように放った。酒を飲むと、気持ちよく身体に回り、それは謙虚に飲んで素直に眠った。次の日、一日中嘔吐に悩まされた。そして、日をおかず今難聴なのかな。症状を自覚せずにちょっとした物音が物足りないと思う程になるまで、そのために購入したヘッドホーンを離さず標準のレベルを遥かに越えた音量で「聴く」ことに埋没する日々を送っている。音がぼくに何らかの新しいイメージの変容を促している実感があった。
 音像という定義があって、音のイメージを構築したり解体したりできるハードは、簡単に手にはいる。多少映像を洗ってみると、確かに音によって蘇るような表現がいくつかあった。CDを古いものをひっぱりだしてエフェクトを与え、音質や音響を新たに付け加えてその変化を楽しむのは、ぼくだけに限った特殊な行為ではなく、現代的な月並みな愉しみとなっているのだろう。ソフトをパーソナルなものへと改良できる周辺機器は充実している。ともかく、音を扱う作家たちの思想といえば大袈裟だろうか、指先の鍛練を垣間見る、覗くように耳に頼る極端な1ヶ月を過ごした。
 そもそも、風邪を甘くみて、一度治ったと勝手に決めたのが悪かった。別のウイルスにやられて、内臓と関節の痛みだけのものが、呼吸器へ移り悪化した。妻になんでこんなに過ごし易い季節に風邪をこじらせるのかわからないといわれ、閉じこもった書斎の窓を大きく開けられると、色付きはじめた植物の葉が眩しいようにかんじた。病院にいくほどのこともなかった。薬が手元にないのを我慢の根拠にして、数日を過ごして、こりゃあだめだと薬を飲んだらリンパ系だけが効き過ぎたようになって、更にばらばらになった躰を壊れた機械のように放った。酒を飲むと、気持ちよく身体に回り、それは謙虚に飲んで素直に眠った。次の日、一日中嘔吐に悩まされた。そして、日をおかず今ウイスキーを飲んでいるを飲んでいる

posted by machidatetsuya : 10:41 AM | comments (0)